前回の記事では、患者様の「社長になりたい」という突拍子もない目標(Being)に対し、
PC入力(Doing)を用いて行動を強化する初期フェーズについて解説しました。
もう作業選びで迷わない! 患者の「やりたい」を引き出す行動療法×MOHOの変換ルール
しかし、いつまでも「ただPC入力をノーミスでこなす(フェーズ1)」という
”ぬるま湯”の環境だけで満足していては、真の社会復帰はできません。
今回は、外発的報酬(褒められる・数字が出る)で動いていた状態から、
いかにして人間作業モデル(MOHO)における「作業の発展(内的アイデンティティの創出)」
へと切り替えるか。その絶好のタイミングと、現実的な就労へと着地させるステップを解説します。
1. いつフェーズを上げるのか? 「観念の方向性」を見極める

フェーズ移行のサインは、日々の「会話(観念の方向性)」に明確に表れます。
以下の語りのサインを見逃さないでください。
- ❌ 移行NGのサイン(まだフェーズ1)
- 「俺は天才だからこんなPC入力は簡単だ」
- 「早く社長室を用意してくれ」
- 【状態】 観念がまだ「妄想(過去・未来の非現実)」を向いています。ここではひたすら反復し、行動を強化し続けます。
- ⭕️ 移行OKのサイン(フェーズ2へ進む時)
- 「エクセルのこの関数、もっと効率よくできませんか?」
- 「〇〇さんも、この入力方法なら分かりやすいかも」
- 【状態】 観念が「目の前の現実」と「他者」を向き、打算的・現実的な思考が働き始めた証拠です。ここで作業展開の準備に入ります。
注意 移行OKのサインが出ても、患者様自身が拒むときは時期や頻度を設定
現実的な作業検討や、他者に対しての配慮が出てきたタイミングで次のステップに
移行できるかもと思っても「まだいいかな。」と患者様から言われる事があります。
この時のサインとして患者様は次の段階へ移行する心の準備ができていない可能性があります。「できるんだけど、やりたくない」状態です。両価性ととも言います。
これは、病気を罹患していままでいろんな体験をしてきた方ではよく起こる事で未来へ歩もうと努力すると阻まれる経験をしているからです。
無理に作業を展開すると、かえってそのストレスから心を守ろうとし、
妄想や他の精神症状が出現する事があります。無理強いは防衛反応を高めます。
患者様の両価性を受け止め、いつから何回から始めるかなどの設計をしてください。
気持ちは受け止める。ただ、歩みは止めずゆっくりでもいいから進めるという
スタンスがいいでしょう。
2. 作業アイデンティティの変容ステップ(妄想から就労へ)

フェーズ移行のサインが出たら、作業の質(環境要素)を一段引き上げ、患者自身の
「スキーマ(自己認知)」を分解・再構築します。
(作業で現実検討を図り、考え方を変えていくという事です。)
- ステップ1(フェーズ1の完成):個人的有能感の回復
- 「PC入力がノーミスでできた」=「自分はやればできる」という外発的報酬が蓄積された状態です。
- ステップ2(フェーズ2への展開):役割の拡張と自律性の創出
- 環境要素を変更します。ただの入力係から「他者のためのカレンダー作成」や「病棟意見書などの更新」へ役割を広げます。
- ここで初めて、患者様は「自分が環境をコントロールし、他者に価値を提供している」と
実感します。
- ステップ3(フェーズ3の着地点):アイデンティティの現実化(ダウンサイジング)
- 「社長にならなくても、自分のPCスキルで他者に貢献できる(必要とされる)」という
新しい内的価値に気付きます。
- 「社長にならなくても、自分のPCスキルで他者に貢献できる(必要とされる)」という
- 結果として、「起業」という突拍子もないBeingが、「事務職としての就労」や
「A型事業所でのステップアップ」という現実的な目標へと着地するのです。
point フェーズアップの要素は「個人」で異なる
ここでは「自信」や「自律性」の獲得でフェーズを分けていますが、
患者様個人の持つBeingによって育むべき要素は異なります。
最初のBeing抽出時に「その患者様が何に価値を感じているか」を明確にし、
それをフェーズ移行の条件に設定するとブレがなくなります。
3. 【警告】無知なOT と 「塗り絵」という一律の作業提供の無理ゲー

ここで、現場のOTが陥りがちな致命的な落とし穴について触れておきます。
集団作業療法を展開していると、リスクが少なく、集中時間が長く、道具の管理が容易な
「塗り絵」を毎日あてがってしまうことはありませんか?
例えば、「大学に行って勉強し直したい」という30代男性患者様に、毎日塗り絵を提供して
そのBeing(なりたい姿)が叶うでしょうか?
Doing(塗り絵)とBeing(大学に行く)の接点が薄すぎます。
なぜ接点の薄い作業を提供してしまうのか。
それは、塗り絵が「OTにとって管理しやすい都合のいい活動」だからです。
それに浸りすぎると、他の作業の難易度が上がり、スタッフの管理能力が著しく低下します。
結果的に集団が管理できなくなります。本末転倒です。
さらに注意する事を言います。 私達OTが「起業するメソッド」や
「事務職として就職した後の道筋(地域の社会資源など)」を把握していなければ、
ステップ3の現実化は不可能です。
外部リソースの情報を持たないOTが提供する作業は、ただの「机上の空論(暇つぶし)」に成り下がります。
情報のないOTの存在は、患者様の不利益に直結します。 私達は作業を仲介する以上、様々な職域の知識を常にアップグレードし続けなければならないのです。
4. 結論:MTDLPは「生モノ」である

患者様のフェーズが上がれば、能力も、環境も、自己認知もダイナミックに変化します。
初期に立てた合意目標(社長になる)にいつまでも縛られてはいけません。
作業的アイデンティティの変化に食らいつき、それに合わせてMTDLPのシートをフェーズ2(対人関係)、フェーズ3(地域社会・就労)へと動的にアップデート(再構築)し続けること。
管理しやすい「ぬるま湯」の作業から抜け出し、患者様の人生のフェーズと共にシートを更新し続けることこそが、私達OTの真の役割なのです。
MTDLPの解説については別の記事で紹介しております。
MTDLPを実践で使いやすくする。会話の解剖から導く「階層型」作業設計と合意目標の技術
MTDLP「合意目標」の書き方とICF(長期・短期目標)との違い:フェーズ設定で繋ぐOTの役割
もう作業選びで迷わない! 患者の「やりたい」を引き出す行動療法×MOHOの変換ルール
こちらを参照ください。


コメント