前章の分析により、患者様の「Being(なりたい姿)」が明確になりました。
今回は、合意目標(フェーズ1)が決定した際、具体的に「何の作業(Doing)を提示するか」の選択フェーズに入ります。
ここでOTは、これまでの評価から統合した「複数の作業案」をプロとして構築し、本人に提案します。作業案を構築するロジックは、行動療法(強化)と人間作業モデル(MOHO)のハイブリッドです。
前章の例題である「将来、社長になりたい(Being)」という患者様を例に、具体的な作業の導き方を見ていきましょう。
フェーズの考え方については別の記事で紹介しております。
MTDLP「合意目標」の書き方とICF(長期・短期目標)との違い:フェーズ設定で繋ぐOTの役割
を参照ください。
1. 行動療法とMOHOの観点から「報酬と価値」を抽出する

作業を選択する前に、前章までの会話分析(観念の方向性など)から、この患者様にとっての「行動の原動力」を2つの視点で整理します。分析の過程は省き、結論だけを抽出することが重要です。
- 行動療法の観点(強化因子):何が行動の報酬になるか?
- 抽出された強化因子:「数字として目に見える成果」と「他者(組織)からの承認・称賛」など
- MOHOの観点(意思):何に内的価値を感じるか?
- 抽出された意思要素:「将来のなりたい自分に直結する意味(価値)」と「他者や社会へ影響を与えている実感(影響)」個人的原因帰属とも言います。
2. Beingに対するDoingの複数展開

抽出した「強化因子」と「意思」を満たす作業(Doing)をプロの視点で設計します。「社長になる」というBeingに対して、単なる塗り絵や無目的な集団レクを提案しても行動は強化されません。
OTは、以下の2つの異なるアプローチ(Doing)を構築し、提案します。
- 案A(実務スキル系):「病棟内の物品管理システムのデータ化(PC作業)」
- 理由:Excelを用いた在庫管理は将来のITスキルに直結(意思の価値)。毎月コスト削減の数値を算出し、スタッフへ報告することで承認を得る(強化因子)。
- 案B(マネジメント系):「病棟内レクリエーションの企画・運営リーダー」
- 理由:他者を動かし、企画を成功させるプロセスは社長としてのマネジメントスキルの訓練となる(意思の影響)。参加者の満足度アンケートを回収し、成果を数値化する(強化因子)。
複数の案ができたら、それを「本人のBeing」と紐付けて提示し、本人に選択させます。
【現場のリアル Q&A】「社長になりたい」が、病的で突拍子もない妄想だったらどうする?

ここまで解説してきましたが、精神科の臨床現場にいるOTの皆様なら、きっとこうツッコミを入れたくなったはずです。 「精神科で『将来は世界的な社長になる』って、単なる誇大妄想のケースも多いでしょ。それをそのまま目標として扱っていいの?」
結論から言います。 病的で突拍子もないBeingに対しては、「絶対に否定しない。しかし、実現も手伝わない」が鉄則です。
例えば 「社長になりたい」で言いますと
「社長になりたい」 → 会社設立の為に建物の登記登録を手伝う✖
「社長になりたい」 → PC入力の練習から行う〇
という形になります。社長になるというBeingは一見現実的でもあれば非現実的でもあります。ただ、患者様個人の能力はそれぞれ異なりますが、0から始めるのであれば途方もない作業目標となります。直接的に夢を手伝うのではなく、それを望む要素を応援する上で作業を用います。
又、否定すればラポールは一瞬で崩壊し、本気で付き合えば社会適応から遠ざかり退院を遅らせます。プロのOTは、突拍子もないBeingを、現実の作業へ取り組む為の「燃料(着火剤)」として利用します。
① 「Beingに潜んでいる本当の意味」の抽出
「社長になりたい」を真に受けるのではなく、裏にある欲求を探ります。多くの場合、求めているのは会社経営ではなく「他者からの称賛(承認欲求)」や「自分は特別な存在であるという実感(自己効力感)」や「社会人としての自立(個人の社会的役割)」などです。
ここがOTの腕の見せ所です。Beingを否定せず、それを逆手にとって「現実的な作業」を提案します。
② 現実を体験する事による「自己修正」を待つ
現実の作業を行えば、必ず「ミスをする」「疲労する」といった現実の壁に直面します。この現実でのミスの直面こそ自己認知への最大のフィードバックです。過剰な妄想を、地に足のついた目標へと自然にダウンサイジングさせる最大の特効薬です。
この内容は実は様々な手技でも応用されている考え方です。
- 動機づけ面接(MI): 正面から否定せず、抵抗を生まない。
- 認知行動療法(CBT): 実際の作業を通じた「行動」で、本人の歪んだ認知に気付かせる。
- 人間作業モデル(MOHO): 環境からのフィードバック(経験)によって「意志サイクル」を正常化させ、目標を自己修正させる。
突拍子もない目標に敬意を払いながら、しれっと「現実の作業環境」という枠を仕掛け、患者様自身が自分の現在地に気付くのを待つ。これが、精神科OTに求められる「冷静かつ温かい」臨床スキルです
MTDLPで作業をフェーズアップさせる方法については別の記事で解説しております。
「妄想」を現実の就労へ。作業を次へ進める「フェーズ移行」のサインとMTDLPの更新術
をご参照ください。



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